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ヘイローとの出会いから今まで

  • 2017年10月3日
  • 読了時間: 3分

久しぶりだな。(リーチのチーフ) さて今回はつくばひろしのヘイローとの出会いやその他諸々について語っていきたいと思います。

時は2001年。私は当時小学生でした。 ある時友人からすごく面白いゲームがあると教えられ、その子の家にいくと目の前にはxboxとヘイローが。 私は家に据え置きのゲームは持っておらず、せいぜいゲームボーイのポケモンくらいしかまともにゲームをしたことがなかったので、ヘイローとの出会いは衝撃でした。 FPSというジャンルそのものはゴールデンアイをプレイしたこともありましたが。 特撮ヒーロー物やSF映画が好きな私にとって、マスターチーフ(ヒーロー)がエイリアンを倒していくという内容のこのゲームをつまらないと思うわけはなく、一瞬のうちに虜となりました。

その頃は協力プレイがメインで、対戦はたまにやっていたと思います。

時は流れ2004年。中学生だった私はまたまた同じ友人に、ヘイローの続編が出たことを聞かされました。 そして再び彼の家でプレイ。 2はどちらかといえばキャンペーンよりも分割画面で対戦をした記憶の方が多いです。 武器管理の概念をその時把握していた私は、武器の位置を覚えて強い武器を取りに行きFFAでほとんど一位を取っており、時折3対1になることもありました。 初心者たちの集まりだったのでバトルライフルを使うような子もおらず、ロケットランチャーをぶっ放せば無双できたので、別に私がFPSの才能があったというわけではありません。

そこからヘイロー3はプレイせず、動画等でシナリオだけ追いかけていました。

そして2012年。なんとなくヘイローリーチや3をプレイしたくなり、思い切ってxbox360を購入。 オンラインでむかし私にヘイローを教えてくれた子と一緒に協力プレイ等で遊びました。 マルチはその時やりこむつもりはなく、なんとなく行った人生初のネット対戦チームスレイヤーでは味方が全員抜けて一人ぼっちになり、最終的に自分も抜けるという結果でした。

フレンド繋がりで一緒に遊ぶ人も増え、ビッグチームバトル等でよく遊んでいた記憶があります。

そのころ、4発売直前イベントでニコニコ生放送にて24時間ヘイロー放送というものが行われており、そこで対戦勢の存在を知りました。 そしてその人たちの生放送を見るようになり、興味を持ち始めたのです。 しかし、私のネット回線は上りが128kb下りが1.5mbというもので、さらに安物の液晶テレビと寝転びながらでしかまとまにプレイできない環境。 まともに対戦が行えるわけもなく、仲の良い人たちだけ集めてカスタムゲームをするという、閉鎖的コミュニティでプレイしていました。 4の終わり頃に回線がまともになり、そのころに師乱さんと出会いクランを組む話もしました。

2Aの頃にはモニターや光回線、5になる前にゲーミングチェア等も揃い、とりあえず人並みの環境にはなったかなと行った感じです。 今は色々な事情があってプレイできる時間も少ないのですが、最近増えてきた若手を一人でも鍛えていけたらと考えています。


 
 
 

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